『KANO』(『KANO 1931 海の向こうの甲子園』2014年)

『KANO』(『KANO 1931 海の向こうの甲子園』2014年)

この映画『KANO』は、日本で先月24日に全国63ヶ所で上映されたばかりの作品です。『KANO 』とは、大日本帝国統治時代(1895年から1945年の50年)の台湾に実在した、嘉義農業高校(現国立嘉義大学)の略称「嘉農」を日本語読みしたものです。台湾映画でありながら、当時の時代背景と野球部の監督が日本人の為、台詞は日本語が主流で親しみ易く、他にTaiwanese Hokkien,(台湾閩南語)、 Hakka(客家)、Farmosanと呼ばれる台湾諸語/原住民語が使われています。製作は台湾。実在人物に架空人物が加えられた脚本になっています。

愛媛県からやって来た野球監督、近藤兵太郎、に永瀬正敏。彼の妻近藤カナ役に坂井真紀。大沢たかおが、台湾の水利事業に大きく貢献した実在人物、八田興一役で、野球部員達を激励するシーンで数回登場しています。そして、近藤の愛媛松山商業時代の野球部監督で、彼の恩師,佐藤役に、イギリスを拠点として活躍する伊川東吾。この人は、シェークスピアを演じる劇団員のような貫禄があり(事実、彼はそうである)、日本語を話しながら、どこか外国人かと思わせる雰囲気のある俳優です。野球部員は主に日本人ですが、台湾人が日本人役をしていたり、台湾人や原住民であっても、日本語を話し、日本名を名乗っているので、誰が日本人なのかを見極めるのは難しいです。が、その必要も無い訳ですけどね。監督は、『Seediq Bale』(2011年)で、親日派の歴史上の人物、原住民Temu Walis 役を演じたUmin Boyaこと馬志翔(Ma Chih-hsinag)で、今回は俳優としては出演しておりません。脚本に『Seediq Bale』と『Cape No.7』(2011年)の監督の、魏紱聖( Wei Te-sheng)が参加しています。馬志翔を監督に指名したのは、魏紱聖だそうで、野球に詳しいことが理由だった上に小作品の監督としての腕を買われたそうです。この映画は、近藤と日本人、台湾人(漢人、客家、台湾原住民)の野球部員たちの話です。甲子園に代表される現在の全国高等学校野球選手権大会は、当時、全国中等学校優秀野球大会と呼ばれていたと云います。大日本帝国統治時代当初は、台湾人と日本人は別々の初等中等教育制度だったそうですが、学校教育に拠って日本に同化させようとする撫民政策で、差異が縮まったとされています。それでも、甲子園に代表として行くのは、台湾から一校だけだったので、この<嘉農>校が台湾代表として行く1931年までは、日本人のみで構成された代表中等学校(台北一中とか、台北商業)だったと云います。

甲子園への道、というだけで、何か熱い若さを感じますが、この映画も、若い野球部員達がキラキラ輝いて眩しいくらいです。それなのに、皆度胸が据わっていてとても冷静なのが、格好良くてため息が出ちゃいますよ。初めて台湾から人種的に(?)混じったチームが代表になり、あれよ、あれよと、決勝戦まで行く。野球のシーンは、野球が好きで野球に詳しい監督の為、凄く良く撮れていて、毎年夏に日本国民が熱くなる理由が分かったような気がしました。選手達は特に野球を実際に5年は経験した背の高い青年を選んだそうですが、見せかけのものじゃないのが、分かります。主人公に呉明捷(ごめいしょう)、と日本語読みした実在の人物で「麒麟児」と言われたそうです。平野保郎、真山卯一、上松耕一、東和一などの名前を持つ野球部員は皆原住民であり、漢人も日本人もほぼ実在の人物がモデルになっています。「スポーツは国境を越える」って、こそばゆいくらいキザな言葉だけど、しっくり来ますよ。野球部に憧れて練習場に来ている少年は、呉波(ごは)と言い、後に日本野球殿堂入りする名選手、呉昌征(ごしょうせい)だそうです。嘉義農業高校の野球部に入部、監督は同じく近藤兵太郎であったと云います。彼は、甲子園出場時に、「裸足のプレヤー」として知られたそうです。私のように、ルールくらいは分かるけど、などと云う程度の野球知識の者でも、とても楽しめる映画です。見終わった後に、<Feeling Good>になる映画。

余談ですが、八田興一(はったよいち)は、日本統治時代の台湾で、10年以上費やした最大規模の農水施設、嘉南大圳を建設した人物です。果たして、彼と嘉農の接点がどこまで深いものだったかは、分かりかねますけど、この映画に、彼を登場させた事で、台湾が当時、日本人の教育者、技術者達の貢献に熱気だっていた背景が描写され、好感が持てます。良く言えば、台湾人の日本人への友愛を感じると言いますか。当時の日本人達が、現代の台湾人に語りかけた映画、と言っても過言ではなく、台湾でこの映画は大ヒットしました。私達、普段は日本と台湾は正式には国交が無いことを忘れていますが、今まさに日本でも、<KANO旋風>を巻き起こせるか。私は、楽しみでもあります。

2015年,2月バンクーバー新報