フィリピン映画『Graceland』(2013 年)

この映画『Graceland』は、低予算というだけで、「面白いの?」と拒否反応が出る可能性は高いでしょう。貧富の差が激しいフィリピンで、誰が、現実的な話を観たいか?と。もっと恋愛コメディ、大衆コメディを持ってきやがれ、とね。が、私の知るところ、それは、沢山出ている。この映画の監督、Ron Moralsは若手で、この作品は、長編2作目である。いくらクルーがアメリカ人達であっても、ハリウッド映画みたいな面白さは、期待されないでしょう。さらに言えば、カメラが手ぶれして、いかにも素人の半ドキュメンタリー・ゲリラ作品だろう、と思う人もいるかもしれない。それに、内容も、Human Trafficking(人身売買)、役人の汚職、ギャング犯罪なのですから、いい加減にしてくれ、毎日目の辺りにしているよ、とフィリピン人観客は言うでしょうね。明るい訳ないし。私も、もう一回観られるか、と聞かれたら、自信がない。見終わるとぐったりと疲れてしまった。が、ですよ、この映画監督の才能には、驚かされました。

フィリピンの国の美しいところには目を向けず、あえて、醜く暗い現実を浮き彫りにして、何が楽しいかと。何の為か、と聞かれるでしょう。無理もありません。配給会社としても、この商品(映画)は非常に売り難いものだ、と信じて疑いません。フィリピン国内だって、手放しで受け入れられるかどうか疑問でもあります。が、しかし、映画の中で起きている事が現実に起きているからこそ、こういう映画が作られて、「最終的には、誰も無実じゃないぜ」と言っている訳です。自分の中の悪魔を見逃してはいけない、と、言っているのでしょうか。知っていながら、止めないのは黙認しているのと同じなのだとね。だからこそ、このような映画は、作られるべくして生まれ、日の目を見させるべきなのでしょう。フィリピンも、昔は社会的な映画が作られていました。私は社会派の故Lino Brocka監督作品が好きなのですが、言葉が違って、文化が違っても、人の心に訴えて来ます。私は、いつも無意識に、否、意識的にポストLino Brocka監督をフィリピン映画に求め、探しているようにさえ感じています。フィリピンの恋愛映画も嫌いではありませんよ。映画に夢を託して何が悪いでしょうか。私達大人だっていつでも、ドラエモンに、ミッキーマウスに、トトロに恋しています。けれど、ジャンルが偏るのはつまらないし、映画がエンターテーニングである限り、驚かされる才能が出てくれるのは、文句無く嬉しい事だと思うのです。ベトナムなども、「ベトナム初のアクション映画」の切り札で映画が公開されましたが、出来の方はともかく、欧米に運んで来てくれた人物は、ベトナム系アメリカ人のスターでした。

この映画も、かくして、フィリピン系アメリカ人のRon Moralesが運んで来ました。このような動きは、彼だけじゃなくて、インド映画、イラン映画、タイ映画、トルコ映画などにも、欧米に海外在住する同胞や、あるいはハイフン系(インド系カナダ人etcのように、移民者の子弟) の監督、クルーなどが加わる事で、変化、進展がみられるようだと、私などは感じております。彼らの作品がその言語圏外の欧米で受け入れられると云うことは、つまり、文化のバリアーを砕いたと云うことではないでしょうか。フィリピンも、昨年紹介した『On the Job』(2013 年)や、もっと過激な私の好きな監督、Brilliante Manduza、などの監督の出現に依って、面白くなって来ていますが、このニューヨーク大学で映画を勉強したと云う監督、Ron Morales が、次にどんな映画、それも、再びタガログ語で、何をしでかしてくれるか、非常に楽しみです。確かに日本人が好む映画があるように、フィリピン人が好む監督や、作風も在るかもしれませんが、Ron Morales は、まさに、翻訳者のように、フィリピン映画を欧米世界が理解出来る域まで、導いて行ってくれる人の一人に違いありません。

この映画の長所は、脚本が素晴らしいこと(監督が脚本を書いています)、監督に才能があること。そして、撮影監督が優秀なことじゃないか、と思います。主演のArnold Reyesmも、家族が生き延びる為に必死な悲しい男を好演しています。外見も地味で、全然かっこ良くないし、でも、こういう人が俳優であるからこそ、超人じゃない、ただの普通の男、をこなして(演じて)行けるのでしょう、多分。

粗筋は、政治家チャンゴのドライバー、マーロン(Arnold Reyes)には、病気の妻がいて、手術が必要だ。お金が必要な彼は時に、ボスの変態趣味の相手のポン引きまでしている最低な男だ。ある日、ボスの娘を娘と共に自宅に送り届ける途中で、車はカージャックに遭う。マーロンは、ボスになんとしても身代金を出させなくては,自分の娘が救えない。

秀作です。ただし、この映画は、家族向けではありませんし、リベラルな頭の観客向けです。勝手ながら忠告しておきます。

2015年、3月バンクーバー新報