フィリピン映画『On the Job』(2013年)

「驚きの一作」と云う感じがありました、この映画『On the Job 』(2013 年、監督Erik Matti)には。女性コメディエンヌのAi-ai de las Alasの家族物コメディか、ラブコメばかりが大ヒットしている国に異種が出現した、と云う感じです。カテゴリーは「アクション・スリラー」、或は「犯罪スリラー」。B級だと、この映画をハリウッド、香港の同種のスリラーと較べている方もいるようですけど、私は流行のCG が無いこの映画、気に入りました。

「今までに無い」映画かどうか、と言いますと、違います。でも、フィリピンでは非常に珍しい形の映画じゃないか、と思います。こういう映画は、小さめの、主流から離れたインディペンデント製作会社が製作すると想像しますが、フィリピン一の製作会社『Star Cinema』で、その名の通りスターを沢山抱える大手。この映画は創立20周年を記念するものだったそうです。フィリピンの俳優達は人気を得るとブルー・ブラッド(血統)制のように、インドも同様ですが、政治家として活躍されるスターが多い国ですけど、今回扱った題材が政治汚職ですから、自己嘲笑的でブラック・ユーモアのセンスが有るのね、と感心してしまったりして。これは、反って非常に<フィリピン>的なのかもしれないですね、どうでしょう? 

最初の方に、テレビ放送済みであろうと思われる数々の殺人事件映像が流れているので、「実際に在った事件の数々からアイデアを得た」らしいことが分かりますが、映像が実在犯罪ストックなのか、それとも、この映画の為に作成されたものか分かりかねます。けれど、空想にしては、描かれる政治家も、刑務所も、司法システムも、勿論警察も、正当な役割を務めているように見えないので、実際にも十分ありそうな話だと、思わせるのです。それで<驚きの一作>と言った訳です。気に入らなかったところは、音楽の音が大きい事。音楽も評判が良いようですけど、私には落ち着かない。それ以外には、脚本、撮影、編集と、完璧には一歩手前な感じはしますけど、合格点どころか大満足です。脚本は、Michiko Yamamotoと言う日系フィリピン人と監督の共作です。パラレルに二組の男達を描いて、最後には全てが収束するストーリーの展開は、最初だけ、少し付いて行
くのが大変かもしれません。男達の関係は、二組共父親−息子像が反映され、複雑な心の葛藤をも想像させるものです。この脚本の強みは、ネタバレになるけれど<刑務所の長期服役囚を使って暗殺者を調達している>意外性であり、話の進行にも意外性が大なり小なりあるところ、ではないかな、と思います。それでいて、そこに宿命さえ感じさせて、それが大きな魅力となっているところ。それだけでは、こんなに夢中になれる作品になる訳は無く、俳優達がとても良い。主演の二人がモデルのようなハンサム達の為、スタイリッシュな仕上りを手伝っているのは事実ですが、意外なのは、やっぱり、そのハンサムの一人、Gerald Anderson、の若手殺し屋。父親がアメリカの軍人でテキサス育ち。スイートな感じは何処かで見たことがあったけど、驚きました。映画を見始めて、この俳優誰だ?と、彼を追って観ていましたよ。適役の裏をかいた、意外な役柄を演じた感有りますね。アメリカ俳優のJesse Bradfordや、Sam Worthington に似ている、何て、云われたらしい。これからがとても楽しみな俳優なので、こんな驚きを与えてくれたような映画にも彼がこれから沢山恵まれるといいなあ、と思います。恋愛物やらせておくだけでは勿体ない。彼と、彼の育ての親に当たる中年のリタイア直前の殺し屋に、Joel Torre。この人は多数の映画に出演しているベテラン俳優だそうですが、私観たことがなかったのです。安定した演技です。NBI(フィリピン司法省下の捜査局)の若手ホープで、義理の父親を政治家に持つフランシス役は、もう一人のハンサム、ドイツ人ハーフのPiolo Pascual。彼にケースを取られてしまう中年捜査官アコスタ役に、Joey Marquez。この人は元バスケットボールの選手で、TV監督、番組のホスト、そして政治家でもあるらしい。妹は元ミス・インターナショナルで女優、親族にも俳優が多いと云う、まさにブルー・ブラッド。フランシスとアコスタの関係もマスターと子弟、或は、父と子の関係を思わせる設定になっています。男の映画ですね。

フィリピンではヒット作品ではなかったようですけど、Joe Torreの演技力は第17回釜山映画祭で最優秀男優賞を受賞。勿論彼も良かったけど、でも私は、Gerald Anderson に注目しました。すでにこの映画は、リメイクの話が出ているらしく、監督はバルタザル・コマキュル(Baltasar Kormakur)が担当、Erik Mattiも続編を考案中だとか。<驚きの一作>『On the Job』、秀作です。