『スキヤキ⋅ウェスタンジャンゴ』(2007年)

 三池崇史監督は、“ショッキング”そして“残虐”がぴったりな監督です。『オーデション』(1991)、『殺し屋1』(2001) などは、もうすごい。香港映画の機関銃をぶっかますバイオレンスとも違って、残酷で冷血なバイオレンス。それだけじゃない、変態性も煌めいています。だから、ヤクザ映画、ホラー映画、コメディとジャンルも多岐に渡り、多作なのも知っていながら、変態的な性傾錯、バイオレンスが起こす血の騒ぎが強すぎて、苦手でした。しかし、彼の映画は10年も前から、外国で高く評価されて来ています。

『スキヤキ⋅ウェスタンジャンゴ』は始めから、英語圏で公開する事を意識して製作された作品です。言語が英語で、俳優が皆英語を話しています。日本向け版は、わざわざ出演者達が日本語で吹き替えをしています。また、Blue-ray デスク版が日本映画で始めて製作されたそうです。彼らの英語は、特訓のお陰もあり、スラングまで使って、間違ってもいないのですが、とにかく、残念なことに何を言っているのか、分からない。仕方なく、英語字幕を付けて見ました。新しい開拓地を切り開いた、とは言えますが、残念。英語の上手さの問題じゃないのですよ。悲しいかな。自分の言葉じゃない言語で、言葉の中に感情を込めるのがいかに難しいか?!バイリンガルに生まれ育った人にしか出来ないような芸当を、三池崇史監督はやろうとした。
 
 ところが、私の夫は、この映画は「ジョークなんだよ」と言うじゃないですか?「が、失敗したんだ。おもしろくない」と付け加えて。「待って!分かんないよ!」と私は思わず叫んだのです。ダイアローグを英語にしたのは、どう言う意図だったのかな? だったら、アメリカ人に日本語話させて、ちょんまげで時代劇やった方がおもしろかったはずです。勿論、アメリカ人が日本語話したら、字幕がいるでしょ。ハリウッド版の日本人、中国人、言葉にならない事しゃべって,字幕が付くのとか、大体、日本人中国人の区別もないで、平然と花魁のような格好のウェートレスを出して、日本のレストランなんか描かれていますもの。めちゃめちゃな設定が多いじゃないですか、すでに。で、ジョークはなんだったの?と。英語字幕はあくまでもオプションでしたよ。 

ストーリーは,源氏,平家の争いが元になっています。「壇ノ浦から数百年後、平家も源氏もすっかり落ちぶれ、寒村に眠る宝。そこへ、伊藤英明演じる凄腕ガンマンがやって来て…」と言うあらすじ。PG12指定(アメリカでは13なのですけど、日本にはPG12があるらしい)なのだが、一体何処を見て、PG12にしたのか、首を傾げる。拳銃や機関銃の戦闘シーンも、いろんなものがぶっ飛ぶバイオレンスに加え、主演の伊勢谷友介と木村佳乃が関係を持つシーンから、伊藤英明とのベットシーン、あるいは木村佳乃のソロのダンスシーンもなんとも妖しげで、フォアプレイとして表現されているとしか思えないし、その上長いので、12歳の子供には、過激過ぎる。

 この映画の面白みは、アメリカの監督、クエンティン⋅タランティーノも俳優として参加しているほどの俳優勢。佐藤浩市、桃井かおり、堺雅人、小栗旬など豪華な出演者達で、 いるだけでつい見てしまう香川照之が、頼りないシェリフ役、石橋連司や、松重豊などの俳優も見ているだけで、面白い。それから、拳銃の扱い、乗馬カットもスタントも上手く仕上がっています。コメディとしては、あまり笑えなかったけど、日本語だったら、面白かったかな? 日本語吹き替えの日本向けバージョンを見たくなりました。“Making of”は面白かったので、撮影は楽しかったと思われます。

 三池崇史の映画の魅力を、ブラックユーモアの存在や、センチメンタル性で語る人が多いことが、彼の映画の人気を物語っていえると言えるでしょう。ヤクザもの、黒社会ものを得意とし、彼の漫画/劇画のような構図展開、描写スタイル、ヒップ性とでもいいますか、を考えますと、娯楽映画として十分にいろんなジャンルを駆使する万能性を持ち合わせた監督です。でも、女性を、(フェミニストでもなんでもないですが私は、)素敵に描ける人ではないです。男社会を描く人。従って女は飾り物以上にも以下にもなりません。そして、何故かどこか、サディスティックな、暗さが見え隠れしているように感じます。公の場で、彼が外す事の無い真っ黒なサングラスが、その演出を助けているのかも知れません。

 日本映画界の奇才と呼ばれる監督ですから、一般観客向けの作品としては、『交渉人』(2003)と『ゼブラーマン』(2004)の2本をお薦めします。『交渉人』は、三上博史演じるFBI仕込みの警視庁犯罪交渉人/ニゴシエーター(人質犯と交渉する訓練を受けた人)が巻き込まれる事件に,彼に指名されて参加する鶴田真由が、若いニゴシエーター役。ツイストがついて、プロットがしっかりしています。なぜなら、原作は第2回ホラーサスペンス賞を受賞した、五十嵐貴久。『ゼブラーマン』は、彼らしくない作品です。哀川翔が、ヤクザではなくて、冴えない小学校の教師で、最後には本物のヒーローになる、と言う話です。夢があってとても良い作品です。これらなら、バイオレンスやショッキングが苦手な人も楽しめますし、作品としてもストーリーしっかりしていて、良い作品と言えます。

バンクーバー新報:2009年、4月23日