『ラスト、コーション』(2007年)

 最終的に“台湾映画”として、オスカーに出品されましたが、“台湾映画”とするには、映画に関わる台湾人の割合が十分ではない、と言う事で、オスカー側が却下した作品です。言語は中国語、プロデュサーはアメリカ、制作会社は、中国、台湾、アメリカ。俳優は、中国、台湾、アメリカ、そして香港。撮影も、上海、浙江、マレーシア。 まさに、国際映画、無国籍映画と言えます。喜んで良いはずの、国際的なコラボレーションが、この作品では仇になりました。

 中国圏で旋風を巻き起こしました『色、戒』(原題)の“ラスト”は「性欲、色欲」のことです。この話題の“色”のシ—ンは、映画の後半3分の1くらいを占めていて、これを目的に映画館に行かれると、がっかりすると思います。が、実際はがっかりした人は少なかったようで、中国では7分程、シンガーポールでは15分、日本でもカットされたのにも関わらず、この“色”のシーンは公開前から、かなりの話題になっていました。撮影に100時間費やして10分のセックスシーンを撮影したと言われ、香港、台湾ではカットがなかったため、中国本土のお金持ち達は、香港、台湾まで飛行機でこの映画を見に行った事も話題になり、そのうちに、体位をまねして、怪我をする若者が出た、出ないとかで、李安監督(アングリー)は一部の中国人にとって、“若者を堕落させる悪魔”の如くの扱いを受けた程です。

 王力宏(ワン-リーホン)、湯唯(タンウェイ)ら演じる地下レジスタントグループが、日本軍と密接な汪精衛率いる南京国民政府の上位司令官である梁朝偉(トニーレオン akaトニールング)演じるMr. Leeを暗殺しようと企む。日本占領下の上海。話は実際にスパイであった女性が書いた原作を元にされています。1940年代の上海や、香港の描写に物足りなさがあるのは事実です。やはりセットでの撮影が、どうしても、その時代の空気を十分に運んで来てくれない気がします。仕方が無いのですが、惜しい、と言う気持ちは消えません。“色”のシーンは、アメリカでも「NC−17」に指定されました。シーンはたしかに過激ですが、むしろ、「セックスシーンは描けても、性愛シーンを描く事の難しさ」が伝わって来ます。“性愛”が上手く描かれなければ、この映画は秀作になれず、時代背景が同じように上手く描かれなければ、やはり秀作には成り切れなかったはずです。“性愛”が上手く描かれた事で、実は映画の欠点をカバーした、と言いましょうか。昔から、女スパイは色仕掛けで標的に近づく、と言うのは決まっています。“歴史は夜(ベットで)作られる”と言うじゃないですか。が、彼女は“性愛”に動かされて行く。これを描くのは、大変であったろう、と想像出来ます。不思議なもので、タンウェイの若さが、この激しく重く、暗く、不快でさえあるはずの色仕掛けのシーンを観客に見せ易くさせてくれたはずです。

 新人ではないものの、この映画以前には、無名だった、タンウェイは、一挙に有名になり、そして、有望株として注目を浴びたのも、つかの間、中国国内で、彼女を起用したコマーシャルが放映禁止になったのを切掛けに、中国本土での活動は事実上不可能になりました。香港に移住権を確保したニュースが昨年あった後、やっと最近、香港でコメデイ映画の撮影に入ったと言うニュースがありました。相手役のトニーレオンはその後の活動に何も支障はなかったのに、彼女だけがこのような罰に値するような扱いを受けるのは、相手が中国という大国だからでしょうか? 彼女の大胆な存在感に、中国本土は恐れを感じたのかもしれません。そのくらい大きな社会的影響を起こし得たということですか?

 トニーレオンは、今までの穏やかな彼のイメージから程遠く、冷酷な殺人者を演じています。初めての悪役じゃないかな。場面では多くが描かれていませんが、アクロバットのようなベットシーンは初めてですが、亡くなった大スターレスリーチャン(張國榮)と共演した、ウオングカーウェイ(王家衛)監督作品『Happy Together』(1997)では、ゲイの恋人同士を演じていていますので、特にショッキングとは感じませんでした。彼のスクリーンでの存在を楽しむなら、『 Infernal Affairs』3部作、『In The mood for Love』(2000)、『Hero』(2002)などの映画を、お薦めします。そして、個人的には、好きな女を自分の物に出来ず、運命に流される男役の、アジアのポップスター、ワンリーホン(王力宏)が気になりました。この映画での彼は、若者にありがちな青さと言うか、若さから来る未熟さが漂っていて(と言っても、年齢的には大人の男性ですが)、でしゃばらない演技に好感が持てます。

 この映画は、『 Brokeback Mountain』(2005)と共に、この映画は李安監督の秀作と言えます。将来、中国映画の発展の歴史を振り返ってみた時に、この作品が、今、この時代を反映している事を思い出す事でしょう。


ベンクーバー新報:2010年 6月17日