タイ映画:パート3 Pang Brothers(彭 兄弟)

俗に言うところの“タイ映画のNew Wave”、何人かの映画監督の名前が挙って来ます。その中に、タイ人ではないのですが、1990年代後半にタイで映画を製作し始めた香港人、Pang(英語表示)兄弟の名前がよく聞かれます。

アクション映画がタイ映画の火付け役、と思っている私です。しかし、アジア圏でブームになっても、アクション映画として世界的にヒット作品となるには、言語が英語でないと非常に難しいのが現状です。アジア映画でも、アジア圏内で大ヒットを納める映画も最近は出て来てはいますが、まだ世界的な規模のヒット作品には成れないでいる。誰もが「言語の壁を越えて、世界中でヒットするのは、どんなジャンルの映画か?」、と問い、「アクション、武侠映画の可能性が一番高そうだ」、と誰もが回答しているようです。何と言ってもアメリカでヒットすれば、世界各地に配給される可能性は断然高い。しかし、アメリカ人は字幕が嫌いだ。どのくらいアジアン映画に不利か、測りようもないが、けっして小さい問題ではない。ジャッキー・チェンやジェット・リーなどの世界有数のアクションスターでも、大きな劇場に掛かり全国上映されるのは、彼らの映画が、ハリウッド作品である場合でしかない。勿論最近は、DVDレンタルも大きな収益を挙げるようになったので、アメリカ人の大衆も安易に英語吹き替えで鑑賞出来るじゃないか?とね、確かに理屈はそうですが、知名度が高い彼らでも、外国語作品だと、英語吹き替え無しのDVDでは、レンタルの人気度も低いのが現実です。大衆を狙うなら、「英語でリメイクしよう!」と、考えるハリウッドの思考回路は、合理的かつ名案でしょう。

しかし、不可能ではありません。李安監督の『Crouching Tiger, Hidden Dragon』(2000年)が、アメリカ、イギリスそして、世界各地で大ヒットしました。この映画はマンダリンを言語にしていますが、西洋の観客を最初からターゲットにして作製されています。中華圏ではなく、ハリウッドを視点にしていると言いますか。そして、あれほど迄に西洋の観客を魅了した映画なのに、ワイアーでのアクロバット武侠にも、主人公達の異なるマンダリンのアクセントにも、中華人は好ましい評価を出しませんでした。華人はこの映画を“ハリウッド映画”として受け入れたような印象を受けました。

2008年のニコラス・ケイジ主演の映画『Bangkok Dangerous』は、タイ映画の同名の1999年の作品のリメイクです。監督は両作品とも同じPang兄弟。兄弟は香港生まれ、香港育ちですが、15分だけ年上の双子の兄Oxide Pang Chunは、タイに移住してフィルム現像所に勤め始めたそうです。タイで映画監督としてデビュー2作目が、このタイ版『Bangkok Dangerous』です。1作目も正式な米アカデミー賞入展作品ですから、流星のごとくタイの映画界に登場した、と見えるかも知れませんが、香港でもスーパー8、16で映画製作をしていた人物だと言います。双子の弟の方はDanny Pang Fatと言い、監督もするが、編集エディターとしても著名です。私が香港アクション映画の傑作の一つと考える『Infernal Affairs』(2002年,2003年)3部作は、全て彼が編集しています。タイ映画『Bangkok Dangerous』(1999年)は、リメイクに較べると予算は極端に少ないだろうし、撮影も荒ければ製作も雑な感じがするにはする。が、どう辛く採点しようとしても、落ち着く所、低予算の映画なのに、編集はスタイリッシュで、ストーリー性も、撮影の仕方も、俳優の自然さも悪く無い、否、なかなか良い、になる。完璧な出来上がりの素晴らしさではない。低予算である事は、いたる所に垣間見れる。荒削りであるが、制作軍に実力があるから、いろんな要素との相乗効果で、出来上がったら、秀作になっていた、と言う感じの作品である。主人公のKongを演じるPawalit Mongkolpisit は、細く痩せていて逞しい感じはしない。タフでもなさそうだし、ワイルドな感もない。従って格好よくも無い。脂ぎった顔、ボサボサの髪である。よく見ると、韓国の美男俳優チャン・ドンゴンをひ弱にしたような顔立ちです。薄倖で唖のこの主人公には、言葉を話す時に出る“人柄”が存在しない。自分の打つ銃声も聞こえなければ、命の哀願も聞こえない、金のために人殺しをする冷血なHit man for hire。2003年のやはり同監督の作品『One Take Only』でも、再びコラボしたが、同じような容貌なのに(同一人物ですから)、こちらは、青春ストーリーのためか、Pawalit Mongkolpisitは若く見え、どこにでも居るチンピラにしか見えない。『Bangkok Dangerous』は、万人向けの娯楽映画とは違います。家族向けでは決してない。ですが、この映画が無ければ、タイ映画のアクション映画ブームは起こらなかったかも知れない、とさえ思える強いインパクトがあります。まさに、ブレークスルーの映画です。お金で雇われる唖のガンマンと薬局で知り合う可憐な娘。勿論娘は彼がガンマンであることを知らない。彼女を知って、彼に変化が。ネタバレしないように話しますが、最後のシーンは忘れられないシーンとなるはずです。オリジナルと随分違うリメイク作品でも、そのまま残った名シーンです。

『One take Only』(2003年)は、兄のOxide Pang Chun の監督、編集作品です。弟のDannyは編集にも参加していません。この作品が、兄弟の共同製作作品であったら、もっと良い作品になっていたか、どうか。個人的には、テンポがスローになってしまい、エッジが無くなってしまったような感がするのを認めずにいられません。『Bangkok Dangerous』と比べると、ドラマとして、人物描写は豊かになったような気がする分、サスペンス感が落ちたと言うか。同監督の香港映画『the Detective』(2007年)の方が、Oxide Pang 作品としては優れていると感じました。『The Detective』は、香港の歌手四天王の唯一の独身、アーロン・クワック(郭 富城)が主演の映画です。『One Take Only』の魅力は、主演のPawalit Mongkolpisitが、今度はどんな人物を演じてくれるか楽しみでありましたし、今度は唖ではないので、台詞もあり、肉声が聞ける、と期待しましたが、キャラクターとして引き込まれたのは、相手役の高校生ソム役のWanatchada Siwapornchaiでした。若い上に、童顔です。お人形のようですが、売春をして、生活費を自分で稼いでいます。一人暮らしで、母親が田舎にいる。原題は『Som and Bank:Bangkok for Sale』だったそうですが、映倫が何の理由か映画タイトルを気に入らなかった為に『One Take Only』になったそうです。映画完成後、その年にバンコック映画祭で上映されたにも関わらず、スタジオが2年くらい放って置かれたそうですから、他にも問題があったか、と想像しますけど。

Pang 兄弟の『Bangkok Dangerous』(1999年)以外の大ヒット作品として上げられるのは、Jessica Alba主演でハリウッドリメイクにもなった『The Eye』(2002年)でしょう。ハリウッドに先立って、2005年には、インドでもリメイクされています。この作品は、香港、シンガポール、そしてタイの合同出資作品です。この作品もそうですが、ホラー作品を他にも数本。ホラー作品としては、この『The Eye』は優れていますが、言語が広東語なので、タイホラー映画として紹介出来ませんので、他の作品を紹介しましょう。それは、また後ほど。



バンクーバー新報、2010年 11月18日