タイ映画:パート6

北米でも、ネットを通じての映画鑑賞が主流になりそうな気配です。2011年、2月現在、映画のDVDレンタル大手のBLOCKBUSTER,inc.は、事実上倒産経営を余儀なくされています。昨年の数字ですが、世界17カ国、従業員は6万人、国内外で5000店と云う規模であったそうです。経営不振を生んだ強敵は、郵便を使うDVDレンタル会社、Netflix、だと云われています。ネットで、借りたいDVDを選ぶと、会社特有の赤い封筒でDVDが送られて来ます。視聴後は、またそのDVDを赤い封筒に戻して、送り返します。Netflixは、今後メイルサービスより、“streaming” での鑑賞用映画の数を増やして行く予定だと発表したばかりです。増々ネットによる、映画鑑賞が増えていくのは、欧米では明らかのようです。日本でも、まだ自覚はないかもしれませんが、同じ様な道を歩み始めている、と推測されます。

例えば、『Power kids』(2009年、『5Huajai Hero』)は、Netflixでは、streamingの提供しかしていません。Tony Jarrが有名にしたタイのMuay Thai/アクション映画への関心が高まっていますから、5人の子供が主人公の映画なら、家族向きですし、ヒット間違いなし、の計算があったはずです。ところが、ちょっとバイオレンス度が高すぎて、アメリカでは、R指定になってしまいました。Muay Thaiの頭などへの強打などのバイオレンスに加えて、ゲリラが乱射する機関銃が問題だったようです。R指定を受けてしまうと、映画動員数に響きますし、上映劇場数も従って減ってしまう訳です。ところが、streaming では、目玉商品になる可能性は無い事もない。「観たくなったら、観る時」ですから。ただ、こうなってきますと、上映/放送権利が、いかに早く手に入るかが、勝負を決める。それで、大手映画会社と、レンタル、ケーブル会社などの、共同運営、買収、提携などが、ビジネスでは死活問題になってくる訳です。

『Power Kids』の場合、子供二人は本当にMuay thaiの修行をしているようですし、また、とぼけた魅力のポン役は、タイの有名なコメディアン/歌手のMum JokmokことPechtai Wongkamlao(そうです、『The Protector』、『Ong Bak』出演の)の息子役です。Mum が写真だけで登場します。プロデューサーは、タイアクション映画界を有名にした一人として数えて良い、『Ong –Bak』(2003年)、『the protector』(2005年)、『Chocholate』(2008年)のプラチュヤ⋅ピンカウ(Prachya Pinkaew)です。まさに、娯楽映画の典型。

『The Legend of Suriyothai』(2001年):タイの映画は王室と深い関わりがある、と始めにも紹介しましたが、王室にも映画監督、製作者がいるタイ国です。その一人に、王子、HSH(His Serene Highness)Prince Chatrichalerm Yukolがおり、1971年に、タイ初のサイエンスフィクション映画を製作した人物として知られ、その後、社会問題を提示した映画を、70年代から、80年代にかけて発表し、2000年代に入って、“王室”豪華大規模映画を手がけています。16世紀のスリヨタイ王女は、実在人物ですから、映画化すると、時間の関係上人物描写が荒くなるので、名前と人間関係を、鑑賞しながら把握するのは非常に難しい。かつ、歴史を豊かに語るとなると、時間を要するため、やはり撮影を終えた段階で、8時間の長編になったようです。最終的にはタイ公開用に3時間になり、2003年にアメリカで劇場公開の折には、もっと凝縮された形になりました。この王子様、オーストラリアで勉強され、UCLA の地理学部を専攻卒業されたそうですが、UCLA時代の副専攻が映画学で、フランシス⋅フォード⋅コッポラと同級生でした。アメリカで上映されたバージョンは、コッポラの編集です。この映画は、現Sirikit女王が資本提供をしたこともあり、多くのタイ王室の陸軍、海軍の軍人がエキストラとして参加しているそうです、私は、象の軍団のシーンに心動かされたと白状しておきましょう。主人公のSirikit女王役は、やはり本人も王室の一員である、M.L.,(Mom Luangと云う王室タイトル)Piyapas Bhirombhakdi。原案構想に5年、撮影に2年の年月を費やしました。残念ながら、Chatrichalerm Yukolの作品は、『the Legend of Suriyotai』だけが、Netflixで観る事ができます。が、Streamingの浸透は目覚ましいスピードですので、彼の作品に限らず、いろいろな映画を鑑賞可能になる日は、そう遠くないでしょう。

『The Overture』(2004年):上記の王子様こと、Chatrichalerm yukolと前回紹介したNonzee Nimibutrなどがプロデューサーとして名を列挙させているこの映画は、1890年代から活躍した王室楽団付属の音楽家、Sorn Silapabanleng の自伝的映画です。この映画はまた、タイのクラシカル音楽Piphatのリバイバルに貢献したと言われています。ちょっと愛国的過ぎ、ではありますが、歴史、タイ文化を丁寧に描いているので、王室にも気に入られ、タイ人が愛し、国内で数々の賞を取り、いろいろな外国の映画祭で上映され、オスカーにも外国映画部門で公式参加しています。私もこの映画を観た後に、タイ音楽のCDを探し廻りました。そのくらい美しい音色の楽器、音楽が紹介されています。秀作です。

『The Iron Ladies』(2000年):ゲイ映画と言うと、アメリカのAV映画を想像してしまいますが、性描写も少なく、ヘテロの俳優が主人公を演じる秀作が何本かあります。この映画は、ナショナルチャンピオンに輝いた男子バレーボールチームの実話で、メンバー一人を除いて全員がトランスセクシュアルかゲイというもの。コメディタッチで、非常に元気にさせてくれる魅力があります。実は、この作品が、私にとってのタイ映画第一号でした。タイは、ゲイやトランスセクシュアルに寛大であると聞いています。それは、又、“生まれ出た性”、“生きる性”を考えずにいられないのは、ある意味、タイ映画の特徴と云えるかもしれません。監督はYoungyooth Thongkonthun。

『Beautiful Boxer』(2003年):シンガポールで活躍するタイ人監督、Ekachai Uekrongthamの映画。有名なトランスセクシュアルMuay thai格闘家、女優、モデルとして活躍するNong Thoom(ノン⋅ソーム)の自伝的映画です。彼女の役は、男性の格闘家が演じています。日本の女子プロ、井上京子が、本人として出演しているのも、親しみが湧くでしょう。ノン⋅ソームは、現在まだ29歳ですから、この映画が製作された時には、まだ21、2歳だったと云う事になります。16歳で当時低迷状態だったMuai thai界にデビューし、大変な話題になったと云う事です。 撮影も美しく、印象深い。皮肉にも男として生まれてしまった女が、ボクサーになる、在る“女”の話です。

『Love of Siam』(2007年):小鳥達が戯れているようなティーンロマンス映画、かつ家族映画でありながら、二人の男の子の恋の話が中心になっています、多くの観客に観て貰いたいがために、男の子同士の恋愛ストーリーだと云う事実を隠して,公開され、論議を醸し出したそうですが、結果的には興行成績も良く、大成功を納めた映画です。ティーン映画として、大変良く出来ていて、だから、意図的に偽って宣伝した事実よりも、若者のセクシュアリティーを見つめ,率直に提示した事が評価された映画でした。シーンも軽いキスですので、不快感はゼロ。ですが、慣れというのは、その積み重ねですから。観客に、少し免疫を付ける手助けをした事は事実でしょうか。

『Bangkok Love Story』(2005年):「ゲイ,ロマンチック、犯罪、アクション」映画。李安監督の『Brokeback Mountain』(2005年)に比較されます。主人公はモデルのような(実際一人はモデル出身です)筋肉隆々の肉体の美しい俳優達ですし、シネマトグラフーも美しいので、ずっと座って映画を見ていられれば、ゲイに対する理解は深まるものと思います。これだけ、中世的な魅力の男達とは違って、男臭さにムンムンした主人公たちだと、ちょっとどっきりものの、セクシーさがありますので、警告しておきますね。主人公二人は、ヘテロの俳優です。話題性あり、俳優としての演技の挑戦でもあり、彼らのキャリアーに有効に働いてくれた事を願います。

2000年代の傾向は、俳優達が同性愛/ゲイ役を演じて、演技の幅を広げようと挑戦した年代であったような気がします。これは、タイだけではありません。世界各地で。アジア圏では、タイは漸進的な立場を示してくれた、貴重な地位にあった事も認めていいと、思います。ホラー映画を十分に言及する事ができない事をお詫びさせてください。まだまだ紹介したい映画も数多いのですが、タイ映画ニューウェーブ、今回を持ちまして,筆を置くことにします。タイ映画の活躍は今がINでしょう。お楽しみに。

バンクーバー新報:2011年 2月17日
         2011年 2月24日