台湾映画パート4:侯 孝賢

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)は、一青窈と浅野忠信が主演の映画『珈琲時光』(2004年)の監督です。現代台湾映画の指導的監督と云ったら、彼以外考えられない。正確には、彼とEdwardYang(楊達昌)が先駆者と云われ、共に1947年生まれ、中国本土で出生、幼児期に両親と台湾に移住して来た外省人です。
「台湾を知りたければ、侯孝賢」とまで言われ、審美的な台湾美を写し出して来た人物です。知名度も高く、彼を世界で有名にした作品は国内でも大ヒットし、ベニス国際映画祭優秀を受賞した“非情城市”(『City of Sadness』1989年)です。この映画は、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』(2001 年)の舞台だと云われる九份 をも、有名にしています。
最近の侯孝賢の映画は、作風が以前と違って来ています。台湾の土地を離れてしまうと、魅力が失せてしまう、と云うか。2003年の『咖啡時光』は、むしろ俳優にとってうれしい映画ではありますが。事実、余貴美子と小林稔侍の夫婦がすごく良い。が、しかし、何か物足りない。。また、舞台設定がフランスに飛んでしまった『紅気球的旅行』(2007年)では、フランス女優ジュリエット・ビノシュの演技が、期待以上に良いのですが、これまた、なんか違う、と、しっくり行かないのです。フランスの背景が、彼の映画を裏切っている、と云うか。彼の作品の良さを、半減させてしまっている。愚作ではないが、とどの詰まり、台湾人の彼が、監督じゃなくちゃいけない理由が分からない。「天才は、どんな作品も秀作にしてしまう」、とは言っているようではありますが。なにしろ、小津安二朗と比較される監督ですから。
私が好きな侯孝賢(ホウ・シャオシェン)作品は全て、観る機会が皆無の初期の映画を除くと、1986年の『Dust In the Wind』(『戀戀風塵』)から、2005年『Three Times』(『最好的時光』)までに入ってしまいます。『Dust in the Wind』は、台湾の著名な脚本家でコラボレーターの吳念真(ウ・ニエンジェン)の自伝的な話を基礎に製作された映画で、一カ所に固定されたカメラワークも、遠目(ロングショット)で、動きもゆっくりです。舞台設定も50年代(?)ですので、非常に哀愁深い炭坑近くの山の街が描かれています。カメラは、彼の映画特色の一つでもある、パッシブな傍観者として存在しています。出演者はほぼ全員素人っていうところも、彼の初期作品にありがちなスタイルです。台湾は、1895年から日本占領下に置かれ、1945年まで51年続いたのですから、「哀愁が」、などと言ったら、歴史を良く理解しているのか、と言われるでしょうが、なんとも云えない懐かしさがあります。台北に働きに出る主人公の男女は15歳。この時代、現在なら彼らが鈍行電車でも台北から1時間程で行ける田舎なのに、年一度(大概お正月)の休みにしか帰省出来ず、送金をしています。彼らの家はまた、山の上にあって、自然が中心に撮影されている。自然の中に入ったら、人間も小道具の一つでしかない。
『Tree times』(『最好時光』2005年)は、非常に嫌な言い方をすれば、欧米”外国人受け”が一番良かった作品ではなかろうか、と思います。モダンでいて、エキゾチック。アジアの神秘性の魅力も充分演出されていて、音楽もアジアンヒップです。主人公を演じる舒棋(スー・チー) は、「アジアのアンジェリカ・ジョリー」と云われる、素晴らしくセンシュアルな唇の持ち主。彼女を追うだけの作品になってしまったのは、ちょっと残念ですが、映画経験としては、忘れ難いものになると思います。映画は、3つのパートに分けられており、設定は1911年の大稻埕、1966年の高雄、そして、2005年の台北です。台湾国内でもこの作品の評価は高く、台北金馬影展最優秀賞、最優秀監督賞、そして、スー・チーは演技賞を取っていますが、カモシカのような細い体の、元ソフトポルノ出身(?)とも云われるグレイな過去を持つセクシーなスター性、で魅せられると、演技力と言われても戸惑ってしまうくらい。同じスー・チー主演でも、2001年の『Millennium Mambo』(2001年,『千禧曼波』)の方が、カンヌ映画祭でノミネートされたりして、先に注目された作品です。撮影技術もこちらの方が優れており、音楽は候孝賢作品の他の作品も担当し、他の作品では俳優としても参加している林強(Lim Giong)。クール軽快、雪の北海道が出て来て、ヒップな作品になっています。竹内兄弟や、夕張の竹内兄弟のおばあちゃんなどは、素人芸で力んでいないから.素朴な温かさがあります。今は『Monga』(2010年 『艋舺』)で、監督として有名になってしまった俳優の鈕承澤(Niu Doze)が、短気で血の気が多いチンピラで出ていたりしています。侯孝賢の作品には比較的常連のジャック・カオ(高捷)が、刺青がすごいミステリアスなギャングスター役です。アパートや、家と云う限られたスペースのためか、カメラが非常に近い感じがします。現代のヒップな台湾をアピールする映画です。
“欧米人のアジアへのエキゾチックな夢を膨らませてくれる作品”を挙げろ、と云われたら、多分、1998年の『Flowers of Shanghai』(『海上花』)を挙げます。全てのシーンは上海の娼館を舞台にしていて、全てセットです。出演者が野外に出ることはありません。また、昼間のシーンは一つもなく、全て夜です。撮影は天候などを考慮する必要も無いコントロール下でありながら、何故か薄暗い。政府高官か大商人のみに出入りが許された娼館は、言わば、高級娼婦にとって,外界から遮断された籠の中だったか?上海の清朝末期の高級娼館のきらびやかな内装、漢の弁髪姿エリート達、美しいドレスを身にまとった美しい黒髪の切れ長の目(?)上海の美女達。富を持つ限定された彼らの社交場が、1シーンが長く平均3分なんて云うロングテイク、カメラは固定された目線からの傍観的なワイドアングルで描かれる。「ワンテイク、ワンシーン」と云う技法です。カメラを固定して、登場人物を出入りさせる撮影の仕方は、何度もリハーサルして出来たものと思われます。『非情城市』では、台湾語を話せない為に、監督の苦肉の策で唖を演じた、香港のトニー・レオンが主人公のパトロンの一人を演じています。小柄な俳優ですが、なんと云う存在感。ワイドアングルの視界の中での演技ですが、惹かれてしまいます。
続く>

バンクーバー新報:11月10日 2011年