台湾映画パート5:侯 孝賢(2)

侯孝賢の台湾三部作と言われる『City of Sadness』(1989年)、『The Puppetmaster』(『戲夢人生』1993年)、『Good Men, Good Women』(『好男好女』1995年)。『City of Sadness』(『非情城市』)は、2.28事件の時代背景、『The Puppetmaster』は、人形使いのLi Tian-lu(李天祿)の日本植民地時代の回想、『Good Men,Good Women』は、反日運動と白色テロとを描き、台湾の歴史、国民意識を描いています。
『Flowers of Shanghai』(『海上花』1998年)にも、パトロン役でトニー・レオンが出演していますが、『City of Sadness』では、唖の役でした。台湾語を話せないトニー・レオンだから、苦肉の策です。上海は呉語と聞いておりますが、ここでのトニー・レオンの清朝の高官役は、果たしてマンダリン語か、呉語か? 吹き替えでしょうか? 
全てワイドアングル、薄暗いながら、きらびやかな娼館(全てセット)や美しい衣装と宝石に身を包まれた美女達、欧米人のアジアへのエキゾチックな夢を膨らませてくれるでしょう。トニー・レオン演じるパトロンが同館の他の女に気を移し、嫉妬する愛人娼婦に羽田美智子。美しい女達の一人には、トニー・レオンの現奥様、カリーナ・ラウ。アニー・伊能静。香港一の美女と詠われ、近年大金持ちと結婚したミッシェル・モニーク・レイズ(李嘉欣)。彼女は自由の身を自分で買い戻す、男気の強い女を演じています。侯孝賢作品常連の俳優ジャック・カオ(高捷)もパトロンの1人です。残念ながら、蝋燭の灯火だけの薄暗い中、クローズアップの全く無い,ロング、ワイドショットで、かなり美しく輝き堂々としていないと、闇に沈んでしまう。それでいて、それが欠点と言えるのか、どうかも良く分からない。何も大きな事件も起こらず、「高給娼館での或る一日」と言った雰囲気です。勿論「退屈だ、つまらない」などとの声も多かったそうですが、外国人には、とにかく美しかったようで、侯孝賢の世界舞台での評価は高まりました。
『The Puppetmaster』の主人公、李天祿(Li Tian-lu)は、台湾の著名な人形使いで、この映画は、彼の半自伝です。主人公を勿論彼自身が演じています。彼の俳優としての参加は、侯孝賢作品では初めてでは無いのです。『Dust In the Wind』のおじいちゃん役でも、強烈な印象がありますし、演技を勉強した事も無い全くの素人でありながら、侯孝賢の『Daughter of the Nile』(1987年)にも、やはりおじいちゃん役で出ていると聞いています。彼の演技は、素人以上でも以下でもないのですが、荒削りで、非常に味があるのも事実です。 彼の若き頃を、ミュージシャンの林強(Lim Giong)が演じています。背景は第2次世界大戦中の日本支配下(1895年—1945年)の台湾。人形使いとしての技能をプロパガンダに利用された話です。野外芸能は全て禁止されていた時代に、人形劇は唯一皇民化政策として、日本帝国主義のプロパガンダの役目を担っていました。
『Good Men, Good Women』は、現在と1940年代が交差して描かれるので、一回観ただけでは、“あらすじ”について行けなかったことを、告白しておきます。40〜50年に生きた女主人公と、映画でこの主人公を演じる女優が、同じアニー伊能静なのですが、日本から中国に政権が交代し、戦争中日本軍と闘う為に中国大陸に渡って行った主人公夫婦が、戦後台湾に戻り、台湾が国民軍の支配になったことで白色テロに巻き込まれて行く。時に、現在のシーンが邪魔に感じられるのは、何故でしょうか。本来なら別々の2本の映画にすべきものを、無理矢理くっつけてしまった感さえあるのです。2役のアニー伊能静は、現在の方が(正確に言えば、愛人が生きていた3年前)活き活きしているし、現在版を取ってしまったら、女優の昔のヤクザな愛人(ジャック・カオ)は“お呼び”ではなかったので、それはちょっと悲しい、かも。まだ年若い女優として活躍する女が、実はつい3年前までギャングの愛人でバーの女、と云う設定もちょっと違和感がありました。伊能静は、ちょっとおつむが足りない可愛い女役にはぴったりですが、夫と共に中国本土に渡って社会主義の闘士であった実在の人物を演じるには、無理があったかもしれません。夫役は、林強(Lim Giong)。ここでの彼はチンピラではなく、共産主義の活動家人物。映画にはすんなりとブレンドインしちゃいましたが、ちょっとつまらなかったような気もします。『Goodbye South, Goodbye』のチンピラ役、はまり役、と言ったら失礼ですが、彼もアニー伊能静も、運命に流されているのに脳天気な若者が似合います。
監督の多くがそうであるように、侯孝賢にもコラボレーターと呼ばれる人材が、作品毎に一緒に共同労働する“組”があります。脚本は、台湾の著名文芸一家出身の女性作家、朱天文(Chu Tien-wen)、と1983年頃から一緒に仕事をしています。亡くなったエドワード・ヤン監督共に近代台湾映画への貢献が著しく、お互いに刺激し合う著名な脚本家、映画監督、俳優でもある吳念真(Wu Nien-jen)とは、今日も常に影響し合う関係と聞いております。 撮影は、40本以上の映画を撮影して来た李屛賓(Mark Lee ping-bin)が担当する事が多いのです。音楽は、その時代の流行歌、クラッシック、日本統治時代に聞いた音楽など、作曲されたものばかりではないのですが、台湾のミュージシャン、作曲家の、林強(lim Giong)が音楽参加している映画は、侯孝賢の映画を“台湾化”させ、ヒップにしています。『Goodbye South Goodbye』(『南國再見,南國』1996年),『Millennium Mambo』(『千禧曼波』2001年),『Thee Times』(『最好的時光』2005 年)などが良い例です。林強は俳優としても、侯孝賢の映画に参加していて、『The Puppetmaster』では主人公李天禄(li Tian-lu)の若き頃役、白色テロが背景の『Good Men, Good Women』では、 アニー伊能静(台湾人です)演じる主人公の夫役。現代の台北のチンピラ世界を描いている『Goodbye South,Goodbye』の、伊能静の恋人役のflatty(絶壁頭と言う意味で使われていて、本当に絶壁頭です)で出演しております。 彼の映画に一番出演しているのは、高捷(Jack Kao)じゃないかと思います。合計6本。ヤクザ役が多いちょっと渋いおじさん俳優。この人無しでは、語れないかもしれない、と思います。


バンクーバー新報:1月1日 2012年