台湾映画パート7:李安

『グリーンデスティニー』(日本題名。2000年)は、あまり映画に詳しくなくても、日本の人々に、名前くらいは知っていると云わせるヒット作品になった。英語の題名は『Crouching Tiger & Hidden Dragon』(2000年)。監督は李安。英語ではAng Leeと記される事が多い。

前回紹介した蔡明亮 監督は、マレーシア人だが台湾の映画監督として認識されているが、李安監督は、台湾の映画監督と云うよりは、“アメリカ(ハリウッド)の映画監督”として、認識されている、かもしれない。そのくらい、彼のアメリカ社会(つまりハリウッド)での活躍は目覚ましい。ゲイの男達を描きながらもアメリカ社会に拒否反応を与えず、万人向けの映画に仕立て上げたアカデミー賞最優秀映画賞の受賞『Brokeback Mountain』(2005年)は良い一例である。英国クラッシック作品と云われる『Sense and Sensibility』(1995年)も多くの賞を受けた。又、アメリカのスーパーヒーロー映画 『Hulk』(2003年)なども手掛けていて、興味深い。『Hulk』は、又、莫大な予算(1億3千7百万ドル)映画ではあるが、約2倍の利益しか得られず、映画の出来も賛否両論の映画であった。 中国で撮影された『CTHD』と『Lust, Caution』(2007年)の2本の“中国語”映画と、初期の台湾で撮影された、台湾語の『Eat Drink Man Woman』(1994年)を除くと、“ハリウッド映画”としての作品は、ほぼ全作品中国人の出演者はゼロ、制作は英語でなされ、舞台もアメリカで、それも、非常に“アメリカン”に映るのである。初期の『Pushing Hands』(1992年)と『The Wedding Banquet』(1993年)の2作は、台湾資本で、アメリカで撮影され、英語だが、中心人物に中国人を置いている。但し、“西洋人の観客を念頭に入れて映画作り”をしている点では、全作品共通している。西洋人向けに製作していたのなら、中国的思想は欠けているか、と云えば、違うらしい。孔子に代表される儒教の教えが、李安の英語ハリウッド映画を含め、どの作品でも健在で、「著しい」、と(彼ら評論家達は)云う。この理由で、李安監督はアメリカを“孔子化”している、とさえ云われるのだ。“クリスチャン風(?)儒教”、と呼ぶ評論家さえいる。彼の映画は、「アメリカ映画でもなければ、中国映画でもない。彼の映画はハリウッド/(スラッシュ、且つ)チャイニーズ映画だ」と云う声も高い。

中国とアメリカの距離を最も縮めた『Crouching Tiger &Hidden Dragon』を、彼の代表作に挙げる人は多い。この作品が、彼の一番の秀作であるかどうか、は別にしても、アメリカ(ハリウッド)映画史上でも、重要な地位を確立している事実は、間違いないであろう。何故かと云えば、アメリカの、数多い才能ある映画監督の中でも、彼ほど、“中国”“中国文化”を、引き合いに出される者は、まず無いであろう、と思うからだ。彼が、アメリカの他の才能ある監督達と、異を放つのは、やはり、彼の“中華風”オリエンタリズムにあるからだ。アメリカ映画を撮らせても、決して見劣りしない立派な作品が撮れる監督であっても、だ。彼の『CTHD』以前にも、主に香港、台湾で製作されて来たハリウッドでは所詮B級映画扱いだった武侠・功夫映画は、国境を越える映画要素の分かり易さと共に、政治的要素が皆無なのも手伝って、世界中に根強いファンがいた。功夫ファイター達の動きは、どこまで生で、本物で、何処まで空想か、分からないものの、「素晴らしい」、「ワンダフル」と西洋の観客を魅了して来たのだ。映画『CTHD』は、たった1千700万ドルで製作されたのに、世界中からの総利益は2億1千3百5十万ドル、アメリカ国内でも1億2千8百万ドルで、外国語映画としてハリウッド史上ナンバーワンの収益であった。世界各地から受賞した賞が40以上もあり、同年のアカデミー賞には、“最優秀映画賞”含む7部門でノミネートされ、最終的に外国語映画部門でアカデミー“最優秀外国語映画”賞を受賞している。快挙、と云わずして、何であろうか。

今まで何度も口酸っぱくして言って来たが、アメリカ人は字幕が嫌いだ。その上、大国だからと云え、外国のことに無関心で平気である。この事実だけ考えても、『CTHD』の成功は、並外れている。驚異的である。これに加えて注目に値するのは、香港と台湾の映画界でも高く評価され、各種の賞を受賞しているのだ。「アメリカナイズ(ハリウッド化)された武侠映画」を笑っていた中国人は多かったはずなのに、である。中国人が挙げる気に喰わない理由は、1)今まで観て来た武侠映画と、全然違う表現で描かれていた。:イメージと編集に依って、「踊りや音楽のように表現」したかった、と云われている。例えば、水面を歩いたり、竹林の中で闘うシーンが、踊りのように描かれたりする。2)マンダリンを映画の標準語に選びながら、出演者がマンダリンを流暢に扱えない中国人の寄り集まりであった:主要人物の一人を演じたチャン・ツィ−イ(Zhang Zi-yi)がマンダリン語を話したが、チョウ・ユンファ(Zhou Run-fa)は香港人、ミッチェル・ヨー( Yang Zi-Qiang)はマレーシア人、チャン・チェン(Chang Chen/Zhang Zhen)は台湾人である。西洋人の耳には違いは全く分からないが、中国人にとって、笑いの種にさえなったらしい。3)Sell out: 映画『CTHD』に描かれた中国人、中国思想、中国武術が、西洋人の神秘主義、オリエンタリズムの要求に応えた形になっている作品である事。つまり、彼の映画上で表現された中国的なもの全ては、李安が自分勝手に創作し、ハリウッドと云うパッケージングで世界に提示した、と見られた事。これは、中国人にとって違和感でしかなく、子供だましの映画に映ったのだろう。「西洋人は騙せても、中国人は騙されないぞ」と、中国人は思ったかもしれない。

『Crouching Tiger & Hidden Dragon』は、ただの中国映画ではないが、投資の面だけで見ると、製作に4カ国(台湾、香港、中国、アメリカ)が関わっている。しかし、ハリウッドから見れば、低予算で小粒な“中国映画プロジェクト”ぐらいの、意味しかなかった、と云う。が、この後からの傾向として、多国共同製作されたアジア映画は、配給される段階で、“ハリウッド映画”としてラッピングされて行くのである。

<つづく>


バンクーバー新報:2012年3月22日