『中国の鳥人』(1998年)

『十三人の刺客』は、20010年に公開され、16億円も稼ぎ出した大ヒット作になった。以前にも三池崇史監督の作品を紹介しているし、最新作でも無いので躊躇ったが、ここはあえて評判の良い新作を避けて、心温まるエンターテインメントの秀作を紹介したい。日本では、ヒットしなかったらしい。シネマ旬報1998年ベストテンの10番に選ばれてはいる。『中国の鳥人』と云う。この映画には、セックスもバイオレンスも存在しない。唯一多少バイオレンスかな、と思われるシーンはあるにはある。だけど、三池崇史としては、マイルド過ぎるので、“文部省推薦映画”か?と思う程、だ。

“職業監督”と彼は自分自身を喩えている、来た順から撮り、選ばないと云うこの監督作品は、たとえ嫌いな作品でも、ひどいという作品は一本も無い。(個人的には『オーディション』(2000年)が一番苦手で嫌いですが)つまり、彼の仕事振りは職人のもので、プロ、映画スタッフ、役者、裏方の共同作業としての映画製作なのだ。ニュアンスはちょっと違うけど、映画界の“叩き上げ”の人ではないでしょうか。

大体、彼にはラブストーリーは柄じゃない、思っていました。この『中国の鳥人』は、非常にまとも(エログロではないし堅気な主人公が一人)な作品である。普通というか。まさしく愛の映画である。或る異性への愛ではないけど、人類愛、否、夢、希望を持つことへの愛、じゃないか、と思う。

「映画は芸術だ」なんて云う“奢り”は一欠片もない。「人を驚かせようと思って映画を作っている訳ではない」、と本人は云い、「映画は劇場で、観客からの反応に遭遇して、初めて完結する」と云う。この『中国の鳥人』は、現在も欧米人に非常に受けが良い。三池崇史監督の作品は、一概に好きか嫌いかのどちらかで、受け入れない人も多いと聞いている。が、『十三人の刺客』にしても、『一命』(2011年)にしてもすでに日本の一般市民に愛される監督として受け入れられてしまっている感(アウトローでなくて,メジャーと云うか)があるのは、喜んでいいのか、悲しんでいいのか、昔からのファンも戸惑っているはずだ。“癒し系”だ、“ソフトすぎる”とか、“文明批判”だとか、ストリーの展開が“ありきたりで”つまんない、とか云われていたようだが、製作されて14年にもなろうと云うのに、今日観ても新鮮だと云う事に驚きを感じ、それが、この作品が秀作に思える理由でもある。

つまり時間や場所を超えて存在する価値、がこの映画にはあるのだ。主人公は3人。他にも沢山人は出てくるが、全て素人か、外国人(中国人)の俳優を使ったため、非常に不調和、いや、ドキュメンタリーだって、もっと自然だと思うくらいぎこちない演技だ。最初は気になる。気になって仕方が無い、が、いつの間にか、どうでも良くなってしまう。山奥の秘境に入ってしまった辺りから、主人公達と一緒の視点になってしまうのか、目が青色の少女の、池に不時着したイギリス人のおじいちゃんが実在したかのような、錯覚を覚えてしまう。祖父は「上(天)から降って来た」と村人に云われる人物である。つまり、「鳥人」である。飛ぶ事を(再び飛び立つことを)夢見て死んだ一人の外国人を想うなんて、ロマンじゃないか。

魅力としては、1)3人のメインキャラクター達:彼らの演技は、コミカルながら、“存在感”たるものを話さずにはいられない。ヤクザ役の石橋蓮司は、禿げた頭からも背中の刺青にさえ、哀愁が漂っていて、真剣になれば滑稽になる。本木雅弘は、真面目ゆえに可笑しい。三池崇史は、ハンサムな男を主人公にしたかったらしい。『おくりびと』(2008 年)でも、どこかコミカルな演技が光っていたが、何処か真摯で実直な感じを与え清潔に写る非常に奇特な人だと思う。まさに、そこにいるだけで、ヤクザの氏家とは全く対極にいる人物に納まってしまう。彼の「普通なのに普通じゃない、すごい俳優」と三池監督に言わしめた存在感は、彼が主人公じゃなかったら、全く別の映画に出来上がっていたと思わせるほどだ。そして、今は亡きマコ・イワマツ。彼が、変な日本語で「わださん、貴様が、てめえが、わださんか?」なんて台詞で出て来た時から、笑ってしまったが、“シーンの盗み屋”演技力は素晴らしい。スティーブ・マックイーンとの映画、『砲艦サンパウロ』(『The Sand Pebble』1967年)を覚えている人は少ないだろうが、この映画で助演男優賞にノミネーされた彼は、多くのアジアンに演劇への夢を与えた俳優である。ベテラン中のベテラン。映画、テレビ、ブロードウェイで活躍しました。彼は日本生まれの帰化アメリカ人。日本のテレビ、映画などでも活躍していたそうです。

2)「人が空を鳥のように飛ぶ」と云うロマン:我々観客を惹き付けて放さない。映画自体は、完璧からかなり遠いものだ。何しろ何も無い山のロケ地で全て撮影している。雲南電影台の全面支援を受けているとはいえ、撮影は大変だったはずだ。「そこにある環境で、なにしろベストなものを目指し」撮影したというが、とんでもない処に入った映画班の感じは伝わってくる。『中国の鳥人』の原作は椎名誠。中国の秘境,桃源郷の話である。椎名誠はこの原作を実際にその地を訪れる事無く書いたものらしいが、三池崇史監督(三池組)は、ありったけの予算を持って、雲南省の山奥に行ったというから、メチャメチャな話である。当時の日本は、NHK特集などで、雲南省の美しい自然と共に「日本文化の故郷」と、日本人のロマンを膨らませていたのである。粗筋は「同僚が病に倒れた為、彼の代わりに雲南州奥地の翡翠の産地に行く事に成る商社マン和田(本木雅弘)は、目的の小さな駅に降りて、現地人ガイド(マコ・イワマツ)の送迎を受けるが、もう一人、和田を追って来た男、ヤクザの氏家(石橋蓮司)も強制的に同行する事になり、3人はミヤンマー国境近くの少数民族の村に向かう。」。彼らが辿り着いた山村には、[鳥人]がいた。心温まるスイートな作品に出来上がっている。


秀作にも色々あると思うが,映画の出来よりも、観賞後に、気分がいい作品があるが、『中国の鳥人』は、まさに、そんな作品だ。


バンクーバー新報:2012年7月19日