『The Yellow Sea』(2010年、日題“哀しき獣”)


漢字では『黄海』。日本語題名は“哀しき獣”。日本人は、「哀しい」とか、「哀愁」とかに敏感に反応しちゃうのか、男の話だと、獣とか、狼とか好きですよね。確かに男臭さが滲み出た格好いいタイトルだけど、この映画の特徴が出ていない、と思うのです。『黄海』が出ているかって?

「中国の朝鮮族自治区延辺州延吉市に住むグナムは、タクシー運転手。6ヶ月前に密航仲買人に60,000元($10,300くらい)を払って妻はソウルに行き働いているはずだ。が、妻から仕送りはまだ一度も届いておらず、仲買人への支払いに追われている。大きな収益を望むばかりに、働いていない時は麻雀などの賭け事に明け暮れているが勝ったためしは無く、酔いつぶれる毎日だ。一人娘を実家に預けて、年老いた母が1人で孫娘の世話を焼いてくれている。どうしても借金を返さねばならない。その彼に幾許かの望みが。ソウルで殺人をしたら金が入る。旨い話だと考える余裕も彼にはもう無い。妻は妻でもう男を作って帰って来ないかもしれぬ。」

監督はNa Hong-jin、2008年、観客動員数が500万人を超えたという大ヒット作『The Chaser』の監督である。その為この『黄海』が第2作目なのに、脚本段階からアメリカのメジャー映画会社(Fox International)から出費を受けると云う韓国映画市場初の映画作品になった。ハリウッドでリメイクされる予定があると云う。

映画のヒットは、色んな要素が関係するから、ヒットになるかならないかは賭けのようなものだと思うが、『黄海』は、ヒットになる十分な要素があったのだ。まずは、(初作の為、たった一本ではあるが、)ヒット前歴がある監督です。チエイスシーン(車、徒歩での)の数々や、同様に多いバイオレンスシーンの数々の詳細には、こだわりと手間が見て取れます。『The Chaser』の時と同様、ナ・ホンジン監督は撮影監督、編集者共に同じ人材を『黄海』でも招いています。時間をかけて丁寧に撮影されているからカットもスムーズになり緊張感を誘導する。「スリラー映画」と日本は宣伝したらしいが、「サスペンススリラー映画」の方に近い感じ。主人公が二人以上いる形式は同じで、ハ・ジンウが出ていなくても,キム・ユンソック、或はもう一人のギャングボス、Cho Seong-ha演じるキム・テオの3人の話が同時進行するストーリー展開で、観客を飽きさせません。ストーリーは4つに分かれていて1)タクシードライバー、2)殺し屋 3)朝鮮族 4)黄海、の展開をする。もう一つの要因には、第一作の『The Chaser』と同じく芸達者なKim Yoon-seokとHa Jung-wooの二人が主人公であること。『The Chaser』では、ハ・ジュンウ演じる冷酷な殺人鬼を追う、元警官で数人の女を扱う小者の売春元締め役を演じた俳優、キム・ユンソック。各種の最優秀俳優賞を総なめにしました。同作で当時無名に近かったハ・ジュンウを一躍有名にした“怖さ”が、韓国社会にショックを与えたのはまだ記憶に新しいのですが、『黄海』では、キム・ユンソックを忘れることが出来なくなるはず。冷酷で残酷な、斧を振り回す犬屋/殺人ブローカーを演じます。彼は狂犬です。

映画はハ・ジンウ演じる朝鮮族キム・グナムが、9歳の頃に発生した狂犬病の話から始まる。「狂犬病は廻り回っている」、と。朝鮮族自治州の朝鮮族はあたかも犬肉を好むかのように描かれているので、朝鮮族は面白く無いかもしれない。観客にとって、犬肉を食らう場面は”Offensive”に映るはずだ。でも大丈夫、犬の残虐場面は無い。人間だけ。サウンド効果も抜群で、観客をも、吠え続ける興奮した犬のような状態にするのかもしれません。日本映画も最近はスプラッターと呼ばれる血だらけの映画が増えている。ホラー映画が好きなアジア人には、怖い話の種切れというものもないのだろう。「映画は娯楽」だからと、血だらけの怖い映画を好むのは、国民性なのだろうか? 霊に取り付かれる発想もアジアンならではないか、と思う。が、しかし、『黄海』には、お化けは出ない。

『The Chaser』の方がヒットしたし、流血残酷ながらも娯楽映画としての質も前作の方が高いように思うが、同じ監督のこの映画を紹介しようとした理由を幾つか挙げてみたい、と思う。中国本土映画でも、密航を計る中国人の話を扱った映画が製作されて来た。福建州からの世界各地への違法移民の話は、別に珍しくも無い。が、この映画は中国の朝鮮族を扱っている事で、注目したい、と思った。80万人の朝鮮族が北朝鮮とロシアに挟まれた延辺州に住むと云われているが、2009年の段階で、一番人気の出稼ぎ先の韓国では、44万人以上の中国籍の朝鮮族が生活していると云う。中国本土では、教育水準が高い民族と見られているが、受験戦争の激しい今日の韓国では較べようもない。朝鮮族が韓国で出来る仕事は、女なら女給男なら肉体労働するくらいしかチョイスはない。社会の底辺にとごる。韓国在住の朝鮮族は差別と偏見の対象で“犯罪者”扱いされている存在だと云う。事実犯罪も起こっている。私は「映画は娯楽」、と信じていながら、リアリズムが無い映画に魅力を感じない。やはり、映画には社会が反映されている方が面白い。

『The Chaser 』の殺人魔は狂人だから、普通の人間には理解出来ない。理解する必要も無い。『The Yellow Sea』の朝鮮族の殺人斡旋屋/ギャング、Myun Jung-hakの狂気は、犬を喰うことから生まれて来るのか、と思わせるが、北朝鮮の国境越えてすぐの朝鮮族自治州は、北朝鮮からも人々が逃げて流れる地だから、北朝鮮の環境よりマシだと想像したいが、本当のところは分からない。が、貧しいに違いない。冬はとてつもなく厳しく寒いに違いない。血の気の多い犬を喰う男達。どいつもこいつも動物のように生き、生きることに必死な臭いを感じさせる描写だ。

何故か残念に思うのは、殺気だった男達を動かした原因は、実は女だと言うことが、映画観賞後に残ってしまうこと。男の映画で終わらせたら、この映画は、残酷でも、『The Chaser』のように「秀作だ」、と言わしめた、と思う。ところが、惚れた女の為に愚かな行動に出る男達の像が浮かび上がってしまった段階で、屈折したラブストーリーになってしまった、ところによるのかもしれない。
 

バンクーバー日報:2012年(平成24年) 8月16日