『Beast Stalker』( 『證人』,2008年)


香港映画のアクション、カーチェースはハリウッドに決して劣らない。むしろハリウッド程お金をかけないでこなしてしまうから、もっと優れている、と云っても決して過言ではないだろう。が、それ以上に驚きを隠せないのは、最近の香港映画のドラマ性(ドラマ力)だ。ハリウッドももっと香港から習った方が良いかもしれない。事実、香港映画のハリウッドリメイクも珍しくない。

香港のドラマ性の強みは黒社会/ギャングだ。2012年のアメリカには、イタリアンマフィアは事実上存在しない。古くからの慣習や“しきたり”に悩むことの少ない核家族型の、マフィアが消えてしまったアメリカ社会に、ストーリーに込み入ったドラマ性を要求することこそ、無理な相談でしょう。ギャングはいる。が、マフィアや、ヤクザのような「義理と人情」は別ものの世界だ。金で動くギャングを追っても何の教訓も感動もないが、男同士の友愛、家族愛、定番ではあるが、義理、人情、仁義があればこそ、美化される。

人は死と向かい合って初めて、生きていることの尊さを知るから、死んでしまっては、やり直しさえきかないのだ。当たり前だが、そこを私達は忘れて日々を生きている。そこには波瀾な人間ドラマがあり、守りたい人の為に死に、あるいは義理、人情の為に虫っけらのように果てる。実際の香港の黒社会がそのように健在かどうかは分かりかねるが、香港映画が“描く”警察絡みの黒社会、ギャングは健在である。

最近の香港のギャング映画の世界へのアピールは、今始まったものではない。古くはジョン・ウー監督の『A Better Tomorrow』(『英雄本色』1986年) 、続いてリンゴ・ラム監督の『City on Fire』(『龍虎風雲』1987年)頃から始まり、その後1990年代半ばには、香港映画自体は斜陽期に入ってしまうが、1999 年にジョニー・ト−監督の『Running out of Time』(『暗戦』)から事情が少し変わって来て、アンドリュー・ラウとアラン・モック監督の2002年の『Infernal Affairs』(『無間道』)、2003年の『Infernal Affairs II』(『無間道II』)などは、ハリウッドの名監督たちを魅了した。この頃のジョニー・トォー(Johnnie To) の 『Breaking News』(2004)、『Election』1&2,『Triangle』(2007年)、機動部隊シリーズや、デレック・イー(Derek Yee)監督の『One Night in Mongkok』(2004 年)、『Protégé』(2007年)などは、ドラマ性、スリラー性、サスペンス性、娯楽性含めて,非常に面白い作品が多い。そればかりか、今もこのアピールは続いている。

香港ギャング映画のお奨めは沢山あるが、最近活躍が著しく、気になってしょうがない俳優3人が出演する、ダンテ・ラム監督の『Beast Stalker』(『證人』2008年)を紹介したい。又「ちょっと古いけど」と云う前書きがあるが、同じキャストで役柄が全く違うが、同監督作品『The Stool Pigeon』(『綫人』2010年)よりも、脚本も展開も出来が上だ、と思うので、許して欲しい。ところで、Dante Lam(ダンテ・ラム/林超賢)監督の新作は、中国圏のポップ大スター、ジェイ・チョウ(Jay Chou )が主演の一人の『Viral Factor』(『逆戦 』2012年) なのですが、彼を迎えることで大ヒットを期待しているのが丸見えで、その割には、期待はずれの出来具合だと私は思うのです。ジェイ・チョウも俳優として『The Green Hornet』(2011年)、や『王妃の紋章』(『The Curse of the Golden Flower』2006年)などでは光っていたのに,非常に残念な気がする。

気になってしょうがない俳優たちとは、ハンサムな Nicholas Tse(ニコラス・ツェー)。非常に幅広い演技力で、脇役から主役級に伸し上がって来て感心しているNick Cheung(ニック・チョン/張家輝)。インテンス(狂気)とさえ感じられる演技力のLiu Kai-chi(リウ・カイチー/寥啟智)。ニック・チョンは、この映画で第28回香港電影金像奨(別名、香港アカデミー賞)他、各種の最優秀男優賞を受賞、リウ・カイチーも同香港電影金像奨の助演男優賞を手にしています。リウ・カイチーは演技歴も長く、ずっと“市井の人”を演じて来たベテラン脇役だそうですから、これら3作でもサイドパンチの役目を果たしております。最近は,準主役級で、彼が出てくるだけで、ちょっと構えてしまう程。

「黒社会・ギャングの映画だ」、と言い切ってしまうと誤解が生じそうです。黒社会に立ち向かう、必ず悪を追う警察が同時に描かれ、モグラ(潜入捜査員)、密告者、ヤクザの手下、末端の人々が描かれる。

「交通事故が、関わった人々の運命を変えてしまう」、と云うキャッチフレーズのこの映画の場合、ニック・チョンはギャング組織の末端のチンピラ役、ニコラス・ツェ−は警部役です。やはり、この映画での一番注目は、ニック・チョン、でしょう。こういう展開のドラマは、とかく「さあ、どうなる?」でストーリーを追って行くと,ヒューマンドラマがおろそかになりがちですけど、この映画は,決してそんなことはありません。ニック・チェン演じるチンピラの主人公とその妻の描写は、この映画を完全にアクションスリラーから一つレベルを引き上げた、と言ってもいいでしょう。『The Stool Pigeon 』でのニック・チョンは、立場が逆転して警部を演じていますが、妻役は同じ苗圃(ミィヤオ・ブー)で、それは又別の、夫婦の悲しい話が描かれています。ギャング映画が家族映画化したと云うか。

ニック・ツエーも、同作品では、任務とはいえ間違って人を殺してしまうと云う、罪に苦しむ警察官役ですが、『The Stool Pigeon』では、刑務所から出たばかりの前科者が、妹を救う為に密告者(“Stool Pigeon”とは密告者、タレ込み屋)になる男として描かれています。アイドル を完全に脱皮した(2007年に結婚もして子供も生まれている父親だからか)演技で、「ニコラス・ツエーは変わった」と言わしめる程の素晴らしい変身、成長だと思います。

できれば、この作品『Beast Stalker』を初めに見て頂いて、それから、『The Stool Pigeon』を観て頂くことが、私からの唯一のお願いです。


バンクーバー新報:2012年(平成24年)9月20日